5月 12th, 2009
生前葬(せいぜんそう)とは、本人が元気で存命しているうちに、自らが自分の葬儀を行うことです。
縁のある人やお世話になった人を招いて、お別れと礼を述べるために行なうという意味合いが多く、本来出席できないはずの自分の葬儀に、喪主として参加することができるため、思い通りの葬儀を行うことが出来ます。
性質上、無宗教であったり、音楽やスライドなどを多用した明るい葬儀出会ったりして、葬儀と言うよりはパーティのような雰囲気になることもあります。
ただし、本人が本当に亡くなった後も、遺族により再び葬儀が行われることもあります。
日本では交際範囲の広い知識人が、自らの社会的活動の終止を告知する機会として開催する事が多いです。
生前葬を行った有名人としては、水の江瀧子や養老孟司、久米田康治、児玉誉士夫、ビートたけし等がいます。
5月 8th, 2009
助葬(じょそう)とは、身寄りのない生計困難者や身元不明の人などが死亡した後、生前の縁者や関係者によって葬儀が行われず、替わって社会福祉事業や慈善事業団体またはNPO法人などによって行われる葬儀の事です。
ホームレスなどで生活保護などの支援を受けていなかった死者であっても、助葬を担う団体や葬儀屋には、火葬から納骨までの費用を生活保護行政の一つとして、各自治体が決めた定額内で支給されます。
共同墓地や共同納骨堂に遺骨は納められますが、この段階までを助葬と呼んでいるようです。
ただし、遺骨を納骨堂に預け、引き取り人を待つ場合も、少なからずあるようです。
助葬の歴史は古く、大正8年11月に、東京で「財団法人助葬会」が設立されています。
また、19世紀中頃には、大陸地域から香港、上海や外国へ移住した華僑や労働者などの死者に対しては、同郷の中国人社会で互助活動として助葬が行われていたようです。
4月 24th, 2009
家族葬(かぞくそう)とは、近親者のみで行う葬儀のことです。
儀礼的な弔問は受け付けず、ごく身近な友人、知人も参列して、火葬場まで一緒に行くことが多いです。
密葬とは違い、通夜と告別式といったセレモニーを少人数でも行う事があります。
通夜・告別式のみを行い、本葬式を行わない場合もあります。
「家族葬」という言葉自体、1990年代に葬儀社が1つの戦略として作った言葉で、小さな家族中心でのお葬式という意味合いで、使った言葉が最初と言われています。
近年では、家族や家族みたいな付き合いのある人を中心とした葬儀という意味で使われていて、葬儀の様式や宗教形態を規定する言葉ではありません。
4月 23rd, 2009
密葬とは、故人の家族やごく近しい親類・友人のみで小規模に行われる葬儀のことです。
本来は、有名人などの死亡で準備に時間が掛かる大規模な本葬を行う場合に、それに先立って行われる内輪での葬儀を指していました。
通常の葬儀は、1人でも多くの人に参列してもらうため、新聞に死亡広告を出したり、知人へ連絡を取ったりしていました。
しかし、葬儀にあまり予算や人員を割けない時や、多数の参列者による混乱を避けたい場合、密葬となる場合があります。
ただし、最近は通常と比べて小規模に行われる葬儀自体を指す事が多くなりました。
人数規模の規定は特になく、何百人規模の参列者が集まった場合でも、「密葬」と呼ぶことがあります。
なお、小規模という点で家族葬と同じとみなされがちですが、行う意義は違います。