6月 10th, 2009 | No Comments »

火葬場(かそうば、crematory)とは、葬儀のあとに、遺体を火葬するための施設のことを指します。

古代
火葬は、日本では宗教的要請から発生しました。

当初は恒久的な「火葬場」は設けられず、その都度火葬炉が仮設されて火葬が行われたり、人里離れた野原で行われたりしていました(野焼き)。

野焼きは、地域によっては昭和後期まで続けられていたようです。

中世
近現代になってからは墓地などに恒久的な炉が併設され、そこで火葬が行われることが増えてきました。

火葬場は「焼き場」「火屋」「三昧」「荼毘場」等と呼ばれました。

都市の形成に伴って数が増えていきましたが、京都では秀吉廟の建造の際に、鳥辺野の火葬場の臭気が疎まれて移転させられたり、江戸では4代将軍徳川家綱の上野寛永寺参詣時に臭気が及んだことから、小塚原刑場付近に統合されるなどした結果、徐々に郊外で大規模化していきました(現在の東京博善町屋斎場は、立地にその名残を留めています)。

また、寺院が経営する火葬場も多かったです。

近現代
近代に至るまで、日本の葬送儀礼として火葬は主流ではありませんでした。

しかし遺骨がコンパクトにまとまり持ち運びが可能になる・土葬のように数年単位で墓地の面倒を見る必要がない・墓地の土地面積が節約できる等のメリットが徐々に浸透し、火葬が普及していきました。

高度経済成長期以降の人口の都市集中なども火葬の追い風となり、それ以降では火葬が主流になりました。

火葬の普及に伴い、墓地とは無関係に、独立した火葬専門の施設が設置されることが多くなりました。

それらの火葬場は、主に各市町村の清掃・衛生関連部署による運営や、複数の市町村が一箇所に集約して使われる、行政組合による運営のものが多いですが、一部に民営・業務委託・半官半民(PFI)といった形態で設置・運営しているものもあります。

米国のサービスコーポレーションインターナショナルのような大規模な葬儀会社の一部門として組み込まれている場合もあります。

また東京では、他地域の公営火葬場主流に対して、東京博善(廣済堂グループ)という民間企業が大半の火葬を行っているという特徴があります。

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