6月 5th, 2009 | No Comments »

奥都城(おくつき)とは、上代の墓の事です。

またそこから神道式の墓の事も指します。

神道式の墓石に刻まれる文字でもあり、奥津城、奥城とも書きます。

「都・津(つ)」は、上代の格助詞「つ」に当てた万葉仮名で、「~の」の意味になります。

「都」は、神官・氏子などを勤めた人の墓に使われる漢字で、「津」は一般信徒の墓に使われています。

ただし、先祖に神官、氏子の役に従事した人がいる場合には「都」が使われることがあります。

またこれとは別に、地域により、どちらかの文字が広く用いられることもあります。

「奥(おく)」とは、奥深い意の「奥」や「置く」を意味すると言われています。

「城(き)」は、古代の「胆沢城」の「城」の用例にみるように棚・壁などで四辺を取り囲んだ一郭の場所を言い、また「柩(ひつぎ)」の意味もあるとされています。

全体の意味としては、「奥深い所にあって外部から遮られた境域」ということであり、また「柩を置く場所」の意味となります。

神道墓
基本的な構成は、仏式と同じですが、神道では葬儀の際、焼香を行わないので、香炉は必要ありません。

また玉串を奉げる為の八足台が必要となります。

墓石の形は、細長い角柱型で、頂上部は四角錐になっています。

この形は三種の神器の一つ天叢雲剣を表していると言われています。

墓石には「○○家之奥都城」と刻みます。

墓石がない場合は墓標に「○○大人(刀自)命之奥都城」のように書きます。

神道では戒名はなく、姓名の下に、之霊・命・命霊・霊位などを付けていきます。

神社では通常墓地を所有していないので、神式でお墓を建之する場合は、公営や民営の霊園の墓地を購入する必要があります。

なお、日本軍人の墓は神道墓で建てられていることが多い。

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5月 22nd, 2009 | No Comments »

神道での葬儀は神葬祭と呼ばれます。

神道では死を穢れたものと考えるため、聖域である神社では葬式は通常おこなわず、故人の自宅か葬斎場で行います。

現在の形の神葬祭は、江戸時代でも神葬祭を陰ながらも連綿と伝えてきた神社や社家の祭式、思想、伝統等を引き継いでいます。

式の際には、中央の祭壇の脇に遺影を置き、祭壇の奥に置かれた棺の後方に、銘旗と呼ばれる故人の名前が書かれた旗が立てられる場合が多いです。

そしてその周りに灯明、榊、供物などを置きます。

式の一般的な大まかな流れは、以下の通りです。

・まず神官が遺族と参列者および会場を祓い清める。

・神職により祖霊に供物をお供えをする。

・神職は祭詞を奏上し、故人の生前の業績を述べ遺徳をしのびつつ、祖霊となって遺族を守ってくれるよう願う。

・参列者は玉串をささげて、二拝二拍手一拝をおこない故人をしのぶ(このとき拍手は、音を立てない「しのび手」で行う)。

また神道では、墓所を「奥津城」「奥つ城」(おくつき)と呼び、墓石にも「○○家之奥津城(奥都城)」と表示している家が多いです。

墓石の頂点を烏帽子に見立て、尖らせる等の外観上の違いもあります。

「霊爾」(れいじ。仏教の位牌にあたる)を祀る場合は仏壇の代わりに御霊舎(みたまや)を置いています。

近年の葬儀はほとんどは仏式で営まれており、これは江戸時代に寺請制度(てらうけせいど)がはじまり、仏式による葬儀が一般化したことによります。

一方で江戸時代には、日本古来の葬儀のあり方を見直す運動が起こり、明治になって神道による葬儀を行うことが一般に認められるようになりました。

最近では神葬祭が仏葬よりも経済的な場合が多い点や、仏教渡来以前からの日本古来の祖霊信仰に立ち返ろうとする思想などから、増加傾向にあります。

天理教・金光教などの教派神道においても、神葬祭を元にした独自の葬儀を持っていることが多いです。

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