5月 27th, 2009 | No Comments »

国葬(こくそう)とは、国家に功労のあった人の死去に際し、国家の儀式として、国費をもって行われる葬儀のことです。

戦前の日本では、明治以降、国葬をすべき必要が生じた場合に応じて「特ニ国葬ヲ行フ」とする勅令が個別に発せられていました。

1926年(大正15年)10月21日に国葬令(大正15年勅令第324号)が公布され、国葬についての根拠法令が一般的に整備されています。

国葬令によると天皇・太皇太后・皇太后・皇后の喪に服することの儀式(葬儀)については、特に「大喪儀」(たいそうぎ・たいもぎ)と言い、国葬が行われました。

また7歳以上で死去した皇太子、皇太孫、皇太子妃、皇太孫妃、及び摂政たる皇族の葬儀はすべて国葬とされ、天皇、皇族以外の国家に功績ある臣下が死去した場合にも、天皇の特旨により国葬が行われました。

戦後、国葬令が失効したことにより、それによって規定された国葬はなくなりました。

戦後、国葬を行った例は1967年に死去した吉田茂のものが唯一です。

これは、閣議によって国葬と決し、かつ宗教色を廃して行なわれています。

現在、国家に功績があったとされる政治家の葬儀は、内閣、所属した政党、所属した国会の議院、及び故人の家族ないしはそれらのうちの合同で行うことが多いです。

皇族の場合、天皇の葬儀の一部に限って、国の儀式である「大喪の礼」として行われ、その費用が国庫から支出されます(皇室典範第25条)。

戦後の「大喪の礼」としては、1989年に崩御した昭和天皇の例があります。

その他の皇族については、その葬儀の呼称にかかわらず、皇室が主宰する儀式となっており、いわゆる国葬としては取り扱われていません。

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5月 26th, 2009 | No Comments »

正教会の葬儀は、埋葬式と呼ばれ、連祷と無伴奏声楽の聖歌から構成されています(正教会の聖歌は無伴奏声楽が原則)。

葬儀は、永眠した正教徒が、神からの罪の赦しを得て天国に入り、神からの記憶を得て、永遠の復活の生命に与ることを祈願するものとされています。

なお正教会においては、前晩に行われるパニヒダは初代教会から大事にされた伝統であるとされ、前晩のパニヒダを通夜と呼ぶ事もあまり忌避されていません(「パニヒダ」の語源は「夜通しの祈り」という意味)。

埋葬形式は、土葬が基本ですが、日本正教会では諸々の事情により止むを得ず火葬が行われています。

正教会では「逝去」「無くなられた」「故人」ではなく、それぞれ「永眠」「永眠された」「永眠者」の語が用いられています。

これは、正教会においては、死は来世の復活の生命に与るまでの一時的な眠りとして捉えられている為です。

正教会の奉神礼(礼拝)は立って行われます。

起立する姿勢は伝統的に「復活の生命に与って立つ」ことを象徴するとされるからです。

従って司祭・輔祭・詠隊(聖歌隊)は勿論、参祷者も埋葬式の間は継続して立ち続ける事が求められています。

ただし、身体障害者や高齢の参祷者は着席していても言いとされています。

正教会でも香炉は用いられて大切な習慣と位置付けられていますがが、振り香炉を扱うのは司祭と輔祭であり、参祷者が香炉に触れる事はありません。

参祷者が永眠者と対面する際には、棺への献花が行われます。

埋葬式は、輔祭もしくは司祭が、永眠者の霊(たましい)の安息を祈願する祈祷文を朗誦した後、詠隊(聖歌隊)が「永遠の記憶」という詞を三回繰り返し歌う事で終わります。

神が永眠者を記憶する祈願であり、かつ参祷者が永眠者を記憶し続け、永眠者の為に祈り続けることを促すものです。

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5月 25th, 2009 | No Comments »

プロテスタントの葬儀は欧米では日中の葬儀・埋葬礼拝のみであることが多いです。

日本においては仏教の葬儀様式に慣れた参列者の便宜を図り、前夜と当日との2日にわたって典礼を行うことが多いです。

この前夜の式典は、呪術的な必要から遺体を不寝番することを意味する「通夜」を避け、「前夜式」「前夜の祈り」などと呼ばれます。

前夜式は自宅で行う場合もありますが、教会堂で行うことも多いです。

告別式の式典は礼拝そのものであるため、その式次第は基本的に通常の日曜日の礼拝と同じで、故人が地上で行う最後の礼拝と意味付ける教派もあります。

従って、基本的に教会堂で行われ、祈祷、聖書朗読、説教、賛美歌、祝福などにより構成されてます。

これに付随して、友人などによる追悼の辞、遺族の挨拶、献花などが追加されることが多いです。

故人の略歴の紹介・記憶の披露などは、牧師の説教に組み入れられることも別個の項目となることもあります。

キリスト教(特にプロテスタント)では、人の死は忌むものではなく、人の霊が地上の肉体を離れ、天にいる神とイエス・キリストのところに召されることであり、イエス・キリストの再臨において復活するための準備に過ぎない、という考えに基づいています。

このことからプロテスタント諸教派では、信徒の死を「召天」と呼ぶことがあります(昇天ではない)。

したがって、死とは、天国において故人と再会できるまでの一時の別れであり、地上に残された者(遺族などの生存者)にとっては、その別れが寂しく慰められるべき事であっても、死そのものは悲しむべき事ではないと説明されます。

キリスト教徒の比率が低い日本では、参列者はもとより遺族すらキリスト教徒で占められる事は期待できないため、宗教的純潔主義の主張より、地域の習俗を重んじる者らへの配慮が優先されます。

前夜式を設定したことは既出だが、焼香に代わる献花、「香典」「仏前」に代わる弔慰金の名目「御花料」などは皆その為に案出され、後に信仰的意義付けをしたものです。

同様の理由で六曜「友引」には葬儀を控えていますが、これには大抵の火葬場が休業であるという止むを得ない事情もあります。

また、死を穢れと見なさないため「清め塩」は使いません。

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5月 25th, 2009 | No Comments »

現代におけるカトリック教会における葬儀観は、第2バチカン公会議の文書の一つ『典礼憲章』から読み取ることができます。

同文書では「葬儀はキリスト信者の死の過ぎ越しの性格をより明らかに表現し、典礼色も含めて各地方の状況と伝統によりよく適応したものでなければならない」(81条)と記されています。

現代のカトリック教会における葬儀は、この文書をうけて改訂され、1969年に発表されたカトリック教会の儀式書『葬儀』およびその各国語訳に基づいて行われていますが、それ以前のものと比べると二つの特徴があります。

第1に、葬儀が「キリスト信者の過越しの性格を表現するもの」であると宣言されていることです。

つまり死が人間にとって完全な終わりではなく、キリストを信じることで永遠の命と復活への希望に入るものとなるということで、かつてのカトリック教会では、死と関連して死後の審判や煉獄や地獄の恐怖のみが強調されてきていたものが、修正されています。

これと関連して葬儀ミサ(レクイエム)で歌われた続唱などが、その内容がキリスト教本来の死生観から外れたものとして廃止されています。

第2に、カトリック教会の葬儀は全世界一律でなく、地域の文化に合わせる柔軟さを持っているという点です。

日本においても固有の文化と伝統が尊重され、この精神に従って日本での葬儀では焼香や献花が行われ、カトリック信徒でない参列者が多数を占めることが多いという現実に配慮されています。

具体的には葬儀で用いられる用語や固有の表現は可能な限り避けられ、参列者のほとんどがカトリック信徒でない場合はミサに代えて「ことばの祭儀」を行ったりしています。

カトリック教会における葬儀は、死者のために祈ることももちろんでありますが、残された生者のために祈る場でもあり、神が悲しみのうちにある遺族を励ましてくださるよう祈ると同時に、キリストに結ばれたものとして、キリストが死んで復活したように自分たちもキリストの死と復活にあずかることができるという信仰を再確認する場でもあります。

先にのべたように地域の文化への適応という考え方から、現代の日本におけるカトリック教会の葬儀では、「通夜」および「葬儀」という流れに沿って行われます。

通夜では聖書の朗読、聖歌、死者のための祈り、棺への献香と参加者による献花あるいは焼香、遺族代表のあいさつなどが行われます。

通夜は教会で行われることが多いが、自宅で行われることもあります。

葬儀は教会での葬儀ミサという形で行われることが多いが、状況に応じて自宅で行われる場合もあります。

また、参列者のほとんどがカトリック信徒でない場合などは、参列者に配慮してミサに代えて「ことばの祭儀」という簡略な形での葬儀が行われます。

一般的な葬儀ミサと通常のミサとの違いは、会場が葬儀にふさわしく装飾されることと、聖書の朗読箇所・聖歌・祈り・説教の内容などが葬儀にあわせて選ばれるということです。

ミサとあわせる形で続けて告別式と葬送が行われます。

告別式では一般的な葬儀と同様に、故人の紹介、弔辞、弔電の紹介、焼香あるいは献花、遺族代表のあいさつなどが行われます。

ミサ以外の司式は司祭や助祭だけでなく、信徒でも行うことが可能です。

通夜および葬儀の時に用いる司祭(助祭)の祭服の色は通常は白であるが、特別な場合は紫や黒を用いることもあります。

また、死後特定の日に集まって故人を弔う日本の習慣にあわせ、「命日祭」という名前で故人のためのミサや祈りの集いが行われることもあります。

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5月 22nd, 2009 | No Comments »

神道での葬儀は神葬祭と呼ばれます。

神道では死を穢れたものと考えるため、聖域である神社では葬式は通常おこなわず、故人の自宅か葬斎場で行います。

現在の形の神葬祭は、江戸時代でも神葬祭を陰ながらも連綿と伝えてきた神社や社家の祭式、思想、伝統等を引き継いでいます。

式の際には、中央の祭壇の脇に遺影を置き、祭壇の奥に置かれた棺の後方に、銘旗と呼ばれる故人の名前が書かれた旗が立てられる場合が多いです。

そしてその周りに灯明、榊、供物などを置きます。

式の一般的な大まかな流れは、以下の通りです。

・まず神官が遺族と参列者および会場を祓い清める。

・神職により祖霊に供物をお供えをする。

・神職は祭詞を奏上し、故人の生前の業績を述べ遺徳をしのびつつ、祖霊となって遺族を守ってくれるよう願う。

・参列者は玉串をささげて、二拝二拍手一拝をおこない故人をしのぶ(このとき拍手は、音を立てない「しのび手」で行う)。

また神道では、墓所を「奥津城」「奥つ城」(おくつき)と呼び、墓石にも「○○家之奥津城(奥都城)」と表示している家が多いです。

墓石の頂点を烏帽子に見立て、尖らせる等の外観上の違いもあります。

「霊爾」(れいじ。仏教の位牌にあたる)を祀る場合は仏壇の代わりに御霊舎(みたまや)を置いています。

近年の葬儀はほとんどは仏式で営まれており、これは江戸時代に寺請制度(てらうけせいど)がはじまり、仏式による葬儀が一般化したことによります。

一方で江戸時代には、日本古来の葬儀のあり方を見直す運動が起こり、明治になって神道による葬儀を行うことが一般に認められるようになりました。

最近では神葬祭が仏葬よりも経済的な場合が多い点や、仏教渡来以前からの日本古来の祖霊信仰に立ち返ろうとする思想などから、増加傾向にあります。

天理教・金光教などの教派神道においても、神葬祭を元にした独自の葬儀を持っていることが多いです。

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5月 20th, 2009 | No Comments »

鯨幕(くじらまく:「蘇幕」とも書く。)は、通夜や葬式など弔い事で使用される白黒の2色で構成される幕の事です。

名前は、鯨の体が黒と白の2色であること、あるいは黒い皮を剥いだ際の身が白いことに由来します。

白装束にもあるように、日本では古来より弔事には白が使われていましたが、、江戸に入り「弔事=黒」とする西欧の文化が流入するにつれて用いられるようになったと言われています。

本来は、弔事・慶事に関係なく使用され、皇室では慶事にも使用されるそうです。

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5月 20th, 2009 | No Comments »

礼拝所及び墳墓に関する罪(れいはいじょおよびふんぼにかんするつみ)は、刑法に規定された犯罪類型の一つです。

「第二十四章 礼拝所及び墳墓に関する罪」に規定があり、公序良俗を保護法益とし、具体的には国民の宗教生活の保護や国民の健全な宗教的敬虔感情の保護が挙げられています。

社会的法益に対する罪に分類されていますが、構成要件によっては信教の自由などの個人的法益や司法捜査の適正など、国家的法益も同時に保護する場合もあります。

この法律に抵触する犯罪を犯した場合、直接的な行為の客体が、財物や業務に該当する行為類型も多いため、例えば遺棄の故意で死体遺棄の結果をもたらした場合、どのような犯罪が成立するかが問題になり(抽象的事実の錯誤)、説教等妨害罪と業務妨害罪とが併合罪になることもあります。

礼拝所不敬罪(第188条第1項)、説教等妨害罪(第188条第2項)
神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、6ヶ月以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金に処せられます。

また、説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金に処せられます。

墳墓発掘罪(第189条)
墳墓を発掘した者は、2年以下の懲役に処せられます。

死体等損壊罪、死体等遺棄罪、死体等領得罪(第190条)
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処せられます。

墳墓発掘死体損壊等罪(第191条)
第189条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3ヶ月以上5年以下の懲役に処せられます。

変死者密葬罪(第192条)
検視を経ないで変死者を葬った(密葬)者は、10万円以下の罰金又は科料に処せられます。

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5月 19th, 2009 | No Comments »

枕経(まくらきょう、まくらぎょう)とは、葬儀の一環として死後すぐに行われる儀式の1つで、死者に初めて経を聞かせるという意味です。

宗派によっては枕経を行わない場合もあります。

最近は病院で死亡するケースが多いので、病院で死亡した場合は遺体を自宅または葬祭場へ搬送した後で行うことが多いです。

仏間や座敷に敷いた布団の上に遺体を安置し、枕元あるいは布団の脇に白布を掛けた机を置き、簡単な仏具(三具足、鈴)を整えます。

・各宗派による違い
真言宗
故人の前に枕飾(まくらかざり)を設けます。

僧侶が故人に末期の水を行い、印を結び、読経します。

また、枕元に瑟瑟座(しつしつざ)に坐する(坐像)の不動明王の絵像(掛け軸)を掛けるが慣わしとなっています。

不動明王の絵像を用いることは、僧俗共通です。

ただし、実際は葬儀社が枕飾の道具などを持ち込んだり、設置するのがほとんどなので、故人が一般信徒の場合は「南無大師遍照金剛」(御宝号)の掛け軸が掛けられることが多いです。

このような事が起こる原因は、葬儀社側に枕飾に用いる掛け軸についての知識が乏しいためです。

故人が僧侶の場合は、寺側で枕飾の掛け軸を用意することが多いので、おのずと不動明王の絵像(掛け軸)であることが多いです。

日蓮正宗
日蓮正宗の場合、さらに枕元に導師本尊(故人の即身成仏のための本尊、通夜・葬儀では祭壇奥に掲げる)を掲げ、僧侶(原則として所属寺院の住職)の導師によって行われ、読経の途中で焼香をします。

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5月 19th, 2009 | No Comments »

湯灌(ゆかん)とは、葬儀に際し遺体を入浴させ、洗浄することです。

簡易には遺体を清拭することで済ませる場合もあります。

故人が男性の場合は髭を剃られ、女性の場合は死に化粧が施されます。

地域差があり、湯灌が行われない所もあります。

葬儀社の手によって行われ、自宅で葬儀を行う場合などでは、給排水装置を積んだ専用車が手配され、葬儀会場へ専用の湯船が搬入されます。

看護師による簡易な清拭は「エンジェル・サービス」と呼ばれています。

中国の「南史」巻76陶弘景に「遺令して沐浴を須ひず(湯灌の事)」が記されています。

出家は湯灌して新浄衣および法服を着させ、在家は湯灌し鬚、髪を剃って、剃度の儀式を供えさせるのが作法であると言われていました。

仏教でも盛んに湯灌が行われるようになったのは、宋代、禅宗の勃興ののちであり、禅宗の伝来とともに日本に伝来したそうです。

ことに江戸時代には、死体検案を口実に菩提寺住職たちあいのもとに、湯灌が行われたようです。

湯灌を個人宅で行うのを嫌うために、湯灌のための湯灌場をもうけた寺院もありました。

「東海道中膝栗毛」巻3之上に「湯灌場はどこだ」とあり、ほとんどの寺院に常設されていたようです。

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5月 18th, 2009 | No Comments »

仏壇の日(ぶつだんのひ)は、全日本宗教用具協同組合が制定した仏壇の記念日で、毎月27日と定められています。

由来は、天武天皇14年3月27日(西暦685年)、天武天皇が「諸國家毎に佛舎(ほとけのみや)を作り、即ち佛像と経とを置きて礼拝供養せよ」との詔を出したとの記述が『日本書紀』にあることにちなんでいます。

この「3月27日」は旧暦であるが、仏壇の日は新暦3月27日としました。

後に毎月27日に拡大したそうです。

名古屋仏壇商工協同組合では、毎年3月27日の仏壇の日に、大須観音で仏壇供養祭を行っており、葬儀・葬式で使われ続けた古い仏壇を供養・焼却しています。

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