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	<title>葬祭辞典</title>
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	<description>葬儀関連のあれこれ、説明します。</description>
	<pubDate>Wed, 10 Jun 2009 09:10:27 +0000</pubDate>
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		<title>海外の火葬場</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Jun 2009 09:10:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[インド
インドでは主流の宗教・ヒンドゥー教の習慣に基づき、火葬が行われることが多いです。
インドにおける火葬場は、野外に設けられており、薪を積み上げてその上に遺体を置いて点火するという様式です（野焼き）。
近年では、燃料 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>インド<br />
インドでは主流の宗教・ヒンドゥー教の習慣に基づき、火葬が行われることが多いです。</p>
<p>インドにおける火葬場は、野外に設けられており、薪を積み上げてその上に遺体を置いて点火するという様式です（野焼き）。</p>
<p>近年では、燃料としての木材伐採が環境破壊につながるとして深刻な問題となっており、また薪が高騰していることもあって、日本の技術を使った「近代的な」火葬炉も設置されています。</p>
<p>しかし、古来からの伝統的野焼きにこだわる人がまだまだ多く、野焼きが続けられています。</p>
<p>ネパール<br />
インド同様のヒンドゥー教主流の国であり、首都のカトマンズにはパシュパティナート（Pashupatinath）というインド亜大陸の４大シヴァ寺院のひとつに数えられるネパール最大のヒンドゥー寺院があり、その裏側にはガンジス川の支流でもあるパグマティ川が流れており、河原のガートでは一日中火葬の煙が絶えることはありません。</p>
<p>カトマンズの朝霧は、火葬場の煙といわれるほどです。</p>
<p>上流階級の者ほど上流側のガートで焼かれています。</p>
<p>輪廻転生を信じるヒンドゥー教徒は墓は作らず、焼かれた灰は箒とバケツの水でパグマティ川に無造作に流されています。</p>
<p>また、火葬の際には、親族の男性は火葬の傍らで髪を剃る習慣があります。</p>
<p>河原では、火葬台の脇で人々が沐浴をしたり、少年が遺体から流された供物を盗もうとして咎められたりする光景が始終見られます。</p>
<p>寺院自体はヒンドゥー教徒以外は立ち入れないですが、火葬場は有料ながら誰でも見学できます。</p>
<p>欧米<br />
欧米では、葬儀のあとに、火葬場に遺体をあずけ、後日遺骨を受け取るという流れが多いです。</p>
<p>また、骨上げという習慣がなく、火葬後の骨は顆粒状に粉砕してさまざまなかたちをした遺骨入れにおさめて引き渡すため、日本と比べると比較的高温で焼くことが多いです。</p>
<p>骨壷の形も、顆粒状の骨を入れられればいいため形にはあまり制約がなく、故人の趣味などにあわせた多様なものが準備されています。</p>
<p>近年は日本にも、欧米流の遺骨を顆粒状に粉砕する装置を備えた火葬場も登場してきています。</p>
<p>韓国<br />
韓国では、土葬が主流でしたが、近年火葬が増加してきており、2004～2005年にかけて火葬件数が土葬件数を上回るようになりました。</p>
<p>そもそも儒教国である韓国では、伝統的に火葬は先祖に対する不孝であり禁忌とされていたものの、現代、特にソウル都市圏においての墓地逼迫は社会問題化し、ソウルは元より他の大都市圏においても火葬は一般化しつつあります。</p>
<p>しかし2007年段階で火葬場は韓国全土で47ヶ所・220炉程度に過ぎず、火葬場不足が深刻となっています。</p>
<p>また、過去に土葬された遺体を改めて火葬するという事例も増えていますが、改葬遺骨の火葬についてドラム缶などを使った違法な火葬が跋扈し、社会問題となっている。</p>
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		<title>火葬場</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Jun 2009 09:07:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<category><![CDATA[ロストル式]]></category>

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		<description><![CDATA[概要
初期のものは「三昧」と呼ばれる木材や藁を燃料とした簡易な火葬炉があるだけ、あるいは集落の集会場と火葬炉といった素朴・単純なものでした。
近年建設された建物については、火葬炉と炉前ホールの他に、最後の別れをする告別室 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>概要<br />
初期のものは「三昧」と呼ばれる木材や藁を燃料とした簡易な火葬炉があるだけ、あるいは集落の集会場と火葬炉といった素朴・単純なものでした。</p>
<p>近年建設された建物については、火葬炉と炉前ホールの他に、最後の別れをする告別室と、骨上げを行う収骨室が備えられていることが多いです。</p>
<p>一部の大規模な火葬場は通夜・葬儀が行えるように、式場と親族控室、遺体冷蔵用の霊安室を併設しており、売店や骨上げまでの待合室として喫茶室などが設けられている総合斎場もあります。</p>
<p>火葬炉の構造<br />
火葬炉は、おおまかには「台車式」と「ロストル式」の2種類です。</p>
<p>台車式は、鉄などによって作られた台車の上に、五徳などを挟んで棺を置き、台車ごと火葬炉に入れて焼く方法です。</p>
<p>遺体は、開始直後は棺の下側からもバーナーの炎にさらされますが、棺が燃え尽きたあとは上面からしか炎が当たらなくなるため、時間がかかります。</p>
<p>しかしながら、骨はあまり落差のない台車上に落ちるためにばらばらに散乱することがなく、きれいに残るという特徴があります。</p>
<p>ロストル式は、炉内に渡した数本の鉄棒で作られた格子の上に棺を載せて焼くという方法です（「ロストル」は、調理器具などの「ロースター」と同じ意味）。</p>
<p>そのため、炎はずっと遺体の下にもまわり、速やかに火葬を行うことができます。</p>
<p>しかし、骨は格子から落差のある骨受け上に落ちるため、多くの場合位置関係はばらばらになります。</p>
<p>いずれも一長一短があり、火葬場の判断によって選択されています。</p>
<p>火葬後には骨が残され、骨上げでは、西日本は主要な骨のみを骨壺に収めるため、拾骨されなかったものは後に残されます。</p>
<p>東日本では基本的にすべての骨を収めるが、多少の残灰が残される場合があります。</p>
<p>骨壺に入れられなかった残骨灰は専門の業者が回収し、コバルト・ステンレス・チタンなど希少金属の選別などを経て合葬されます。</p>
<p>近年における火葬場の変遷<br />
一時期は高い煙突が火葬場の象徴でしたが、技術的には燃料の石油化、ガス化や火葬炉排気の再燃焼処理の普及、社会的には火葬場がそばにあるということへの近隣住民の拒否感などにより、近年設置される火葬場においては、煙突が見られることはほとんどありません。</p>
<p>また1970年代後半から、再燃炉の開発により、臭気除去や無煙化が図られています。</p>
<p>燃料は長らく薪でしたが、A重油、白灯油、特に近年は都市ガス・LPガスが増加しつつあります。</p>
<p>過去には稀に電気という施設もありました。</p>
<p>火葬場の改築・移転には当該地域の住民による反対運動がおこりやすいです。</p>
<p>そこでいくつかの自治体が集まって広域行政組合を設立し、広域斎場を設けることで、そのリスクを低減することを図る傾向があります。</p>
<p>同様の事情から、住宅地から離れた場所に立地しようとするのが一般的ですが、日本の住宅事情を考慮すると、必ずしもそのような場所に作れるとは限りません。</p>
<p>そのため都市部のような場所においては、周辺を森で囲む・ぱっと見ただけでは火葬場とはわからない外観など、周辺地域に配慮した立地となっています。</p>
<p>霊柩車についても、宮型のものは自粛を要請したり禁止したりする場合があります。</p>
<p>また、名称も「～斎場」「～聖苑」などが多く、「～火葬場」とする施設は激減しています（もっとも、「××斎場」を名乗る火葬場でも、式場を併設する場合はこちらを「斎場棟」と呼ぶことが多いです）。</p>
<p>旧式の火葬場は、改装・移転にともなって、急速に姿を消しつつあります。</p>
<p>火葬から収骨まで<br />
日本では、火葬後に骨上げを行い骨壷におさめるという流れになっているため、炉前で遺体を見送り、火葬後に拾骨するというところまでがセットになっています。</p>
<p>また、骨上げをする関係から骨をきれいに残すことが重視されるため、火葬技術者には独特の高度な技術が求められています。</p>
<p>火葬による環境破壊<br />
近年、火葬による環境破壊の問題が急浮上するようになりました。</p>
<p>厚生労働省による研究費補助の対象となった調査で、棺を乗せるステンレス台が長く高温に晒されることにより、焼却灰中に六価クロムなどの有害な物質が発生することが明らかとなりました（読売新聞2009年1月19日報道）。</p>
<p>調査にあたった研究者は、有害物質を出さない材質のものに変えるなどの措置をとる必要があるとしています。</p>
<p>またこれとは別に、ダイオキシン発生を抑止する観点から、多くの火葬場において、副葬品の内容に制限を加えています。</p>
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		<title>火葬場の歴史</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Jun 2009 09:03:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[その他]]></category>

		<category><![CDATA[サービスコーポレーションインターナショナル]]></category>

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		<category><![CDATA[小塚原刑場]]></category>

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		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<category><![CDATA[火葬]]></category>

		<category><![CDATA[火葬場]]></category>

		<category><![CDATA[焼き場]]></category>

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		<category><![CDATA[野焼き]]></category>

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		<description><![CDATA[火葬場（かそうば、crematory）とは、葬儀のあとに、遺体を火葬するための施設のことを指します。
古代
火葬は、日本では宗教的要請から発生しました。
当初は恒久的な「火葬場」は設けられず、その都度火葬炉が仮設されて火 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>火葬場（かそうば、crematory）とは、葬儀のあとに、遺体を火葬するための施設のことを指します。</p>
<p>古代<br />
火葬は、日本では宗教的要請から発生しました。</p>
<p>当初は恒久的な「火葬場」は設けられず、その都度火葬炉が仮設されて火葬が行われたり、人里離れた野原で行われたりしていました（野焼き）。</p>
<p>野焼きは、地域によっては昭和後期まで続けられていたようです。</p>
<p>中世<br />
近現代になってからは墓地などに恒久的な炉が併設され、そこで火葬が行われることが増えてきました。</p>
<p>火葬場は「焼き場」「火屋」「三昧」「荼毘場」等と呼ばれました。</p>
<p>都市の形成に伴って数が増えていきましたが、京都では秀吉廟の建造の際に、鳥辺野の火葬場の臭気が疎まれて移転させられたり、江戸では4代将軍徳川家綱の上野寛永寺参詣時に臭気が及んだことから、小塚原刑場付近に統合されるなどした結果、徐々に郊外で大規模化していきました（現在の東京博善町屋斎場は、立地にその名残を留めています）。</p>
<p>また、寺院が経営する火葬場も多かったです。</p>
<p>近現代<br />
近代に至るまで、日本の葬送儀礼として火葬は主流ではありませんでした。</p>
<p>しかし遺骨がコンパクトにまとまり持ち運びが可能になる・土葬のように数年単位で墓地の面倒を見る必要がない・墓地の土地面積が節約できる等のメリットが徐々に浸透し、火葬が普及していきました。</p>
<p>高度経済成長期以降の人口の都市集中なども火葬の追い風となり、それ以降では火葬が主流になりました。</p>
<p>火葬の普及に伴い、墓地とは無関係に、独立した火葬専門の施設が設置されることが多くなりました。</p>
<p>それらの火葬場は、主に各市町村の清掃・衛生関連部署による運営や、複数の市町村が一箇所に集約して使われる、行政組合による運営のものが多いですが、一部に民営・業務委託・半官半民（PFI）といった形態で設置・運営しているものもあります。</p>
<p>米国のサービスコーポレーションインターナショナルのような大規模な葬儀会社の一部門として組み込まれている場合もあります。</p>
<p>また東京では、他地域の公営火葬場主流に対して、東京博善（廣済堂グループ）という民間企業が大半の火葬を行っているという特徴があります。</p>
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		<item>
		<title>回向</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Jun 2009 06:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[その他]]></category>

		<category><![CDATA[回向]]></category>

		<category><![CDATA[回向偈]]></category>

		<category><![CDATA[回向文]]></category>

		<category><![CDATA[往還回向]]></category>

		<category><![CDATA[葬儀]]></category>

		<category><![CDATA[葬式]]></category>

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		<description><![CDATA[回向（廻向、えこう、pariNaama、）、「パリナーマ」とは「転回する」「変化する」「進む」などの意味で、その漢訳である｢回向｣は、｢回｣は回転（えてん）、｢向｣は趣向（しゅこう）の意で、大乗仏教の特徴をなす考え方であ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>回向（廻向、えこう、pariNaama、）、「パリナーマ」とは「転回する」「変化する」「進む」などの意味で、その漢訳である｢回向｣は、｢回｣は回転（えてん）、｢向｣は趣向（しゅこう）の意で、大乗仏教の特徴をなす考え方であると言われています。</p>
<p>・回向<br />
回向とは、自分の修めた善行の結果が他に向って回（めぐ）らされて、所期の期待を満足することを言います。</p>
<p>善行の報いは本来自分に還るのですが、大乗仏教においては一切皆空であるから、報いを他に転回することが可能となります。</p>
<p>善行の結果を人々のためになるよう期待し、それを果すのを｢衆生回向｣と言います。</p>
<p>善行の結果を仏果の完成に期待するならば、それを果すことは仏道への回向であるとの考えです。</p>
<p>いわば、自分自身の積み重ねた善根功徳を相手にふりむけて与えることを回向と言うそうです。</p>
<p>寺院や僧侶に読経をたのむときに、｢廻向料｣などと表書きするのは、以上の理由によります。</p>
<p>回向の心をもって修行する段階を十に分け｢十回向位｣とし、悟りへの重要な修行過程としています。</p>
<p>自己の善根を仏果に向け、自我への執着を除去しようとし、｢善根｣は常に自ら以外の方向に振り向けられて｢功徳｣となり、我執が除去されます。</p>
<p>ここに回向の必然性があり、善根が積み重ねられて仏となるのではなく、すべての善根は回向されることに意味があるという考えです。</p>
<p>回向には、一般に(1)菩提回向 (2)衆生回向 (3)実際回向の三種を説いていきます。</p>
<p>それぞれ菩提を趣向し、衆生に功徳を回施し、無為涅槃の趣求にふりむけるとしています。</p>
<p>世親（天親）は、「礼拝、讃歎、観察、作願、回向」と五念門を説き、往生浄土のための行の中、自ら修めた諸功徳をすべての衆生に回向して、ともに浄土に往生して仏となることを重要な項目としてあげています。</p>
<p>・往還回向<br />
曇鸞は、『浄土論註』巻下において、｢往相（おうそう）｣、｢還相（げんそう）｣の二種の回向があると説いていました。</p>
<p>｢往相回向｣とは、自分の善行功徳を他のものにめぐらして、他のものの功徳として、ともに浄土に往生しようとの願いをもととして説かれています。</p>
<p>｢還相回向｣とは「還来穢国の相状」の略で、浄土へ往生したものを、再びこの世で衆生を救うために還り来たらしめようとの願いを言ったものです。</p>
<p>この利他のはたらきも、阿弥陀仏の本願力の回向によるとされています。</p>
<p>浄土真宗においては、親鸞の｢末法の衆生は、回向すべき善行を完遂（かんすい）しえない。｣という自己反省によって、法を仰ぎ、法の力を受け取ろうとするものです。</p>
<p>浄土への往生（往相）も、阿弥陀仏の本願力によるのであって、阿弥陀仏がたてて完成した万徳具備の名号のはたらきによるとして、名号を回向されると言います。</p>
<p>よって往相・還相ともに阿弥陀仏の本願力として、仏の側から衆生に功徳が回向されるものとし、これを｢他力回向｣と言います。</p>
<p>具体的には、江戸時代讃岐の庄松という妙好人が「私が捨てた念仏を喜んで拾う者がいる」と言うように、称名の声を聞いた時に、浄土からこの我々に働きかけている姿と感じて、それに応えて称名をする姿を言います。</p>
<p>・回向文<br />
｢回向文｣は、｢回向偈｣ともいい、勤行・法要などの終わりに称える偈文を言います。</p>
<p>仏事を行った功徳を己だけのものにすることなく、広く有縁の人々に回向するために読誦されます。</p>
<p>この意味で、寺や各家々で行われる仏事は、その故人のためだけではなく、縁ある者すべてに向けての回向となります。</p>
<p>偈文は宗旨によって異なります。</p>
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		<title>位牌</title>
		<link>http://cassidycoxx.com/archives/150</link>
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		<pubDate>Mon, 08 Jun 2009 06:14:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[仏具]]></category>

		<category><![CDATA[仏教]]></category>

		<category><![CDATA[位牌]]></category>

		<category><![CDATA[依代]]></category>

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		<category><![CDATA[本位牌]]></category>

		<category><![CDATA[葬儀]]></category>

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		<category><![CDATA[逆修牌]]></category>

		<category><![CDATA[野位牌]]></category>

		<category><![CDATA[順修牌]]></category>

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		<description><![CDATA[位牌（いはい）とは、死者の祭祀のため、死者の戒名などを記した木の板の事を言います。
中国の後漢時代から、儒教の葬礼に用いられる神主（しんしゅ。死者の官位・姓名を書く霊牌。）と同視されたため、「位」牌と呼ばれるようになった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>位牌（いはい）とは、死者の祭祀のため、死者の戒名などを記した木の板の事を言います。</p>
<p>中国の後漢時代から、儒教の葬礼に用いられる神主（しんしゅ。死者の官位・姓名を書く霊牌。）と同視されたため、「位」牌と呼ばれるようになったそうです。</p>
<p>またその起源は、霊の依代（よりしろ）という、古来の習俗と仏教の卒塔婆が習合した物とも言われています。</p>
<p>日本には禅宗と共に鎌倉時代に伝来し、江戸時代に一般化しました。</p>
<p>位牌には大別して、内位牌（白木位牌）・本位牌（塗位牌）・寺位牌があります。</p>
<p>・内位牌<br />
死者の戒名・俗名（生前の姓名）・死亡年月日・享年（行年）が書かれた（あるいはこれらが書かれた紙を貼った）白木の簡素な位牌です。</p>
<p>野位牌は臨終後すぐに製作され、枕飾りおよび葬儀の際に使われます。</p>
<p>土葬の場合は、四十九日の法要あるいは朽ち果てるまで埋葬した上に据え置かれます。</p>
<p>火葬の場合は、葬儀後家に持ち帰り、中陰壇（四十九日の法要および納骨式まで遺骨を祀る臨時の屋内祭壇。）に祀られ、中陰壇を解いた後、焚き上げられます（内位牌の作成後、野位牌から本位牌に御霊を移動して頂いた後）。</p>
<p>・本位牌<br />
四十九日の法要までに、野位牌から作り替えられる位牌です。</p>
<p>漆塗りに金箔・沈金・蒔絵が施されるなど立派な物が多いのが特徴です。</p>
<p>永く仏壇に安置して祀られる物です。</p>
<p>位牌には札位牌と繰り出し位牌があり、札位牌は、一人あるいは夫婦など二人以上の戒名等が表面に書かれた（彫られた）位牌です（書かれた人が存命中は、朱色の字にしておきます。複数名用に巾の広い巾広位牌もあります）。</p>
<p>繰り出し位牌は、多数の木の札が重ねて納められた位牌で、木の札一枚一枚に一人の戒名等を記しています。</p>
<p>・寺位牌<br />
本位牌の他に、菩提寺（旦那寺）や本山に供養の布施と共に納める位牌の事です。</p>
<p>寺では位牌堂や本堂内に安置し、朝夕の勤行の際に供養されます。</p>
<p>・逆修牌（ぎゃくしゅうはい）<br />
生前戒名をつけて作った位牌の事です。</p>
<p>・順修牌（じゅんしゅうはい）<br />
順修牌とは亡くなった人のために作った位牌の事を言います。</p>
<p>単に位牌といえば、順修牌を指しています。</p>
<p>・野位牌<br />
内位牌同様の白木の位牌です。</p>
<p>墓石に文字が刻むまでの間にお墓に置く位牌の事を言います。</p>
<p>宗派による違い<br />
・禅宗<br />
戒名の上に「空」の字が入ります。</p>
<p>野位牌では「新帰元」などと書かれる事もありますが、本位牌では「空」に改めます。</p>
<p>・真言宗<br />
戒名の上に「阿」の梵字が入り、大日如来を表しています。</p>
<p>子供の場合は、戒名の上に「訶」字の梵字が入り、地蔵菩薩を表しています。</p>
<p>・浄土宗・時宗<br />
戒名の上に「キリーク」の梵字が入り、阿弥陀如来を表します。</p>
<p>・日蓮宗<br />
法号の上に「妙法」の文字が入ります。</p>
<p>・日蓮正宗<br />
法名の上に「妙法蓮華経」の文字が入ります。</p>
<p>本位牌は作成せず、過去帳に記されます。</p>
<p>・浄土真宗<br />
位牌は、用いず（高田派を除く）、法名は法名軸や過去帳に記します。</p>
<p>他宗では追善供養の概念があり、塔を建てることが追善になるとされます。</p>
<p>位牌を作製するのも塔を建てると同じことである（塔婆も同じ）とも考えられます。</p>
<p>浄土真宗では、阿弥陀如来の本願（四十八願）により死者はすでに浄土に往生しているとされるので、「死者に対する回向」という概念がなく、礼拝の対象にもなりません。</p>
<p>そのため、位牌を用いないのですが、地域の慣習として作製する事もあるので、その場合は、故人の記録としての意味で、霊魂が宿る等の他宗のような特別な意味はありません。</p>
<p>・寸法<br />
位牌のサイズは尺貫法で表されます。</p>
<p>寸法は札丈（札板=文字を入れる板の部分 の高さ）を測り、「号」で表されます（例：4.0号＝札丈が約12cm）。</p>
<p>本位牌では2.5～7.0のサイズがあります。</p>
<p>また、寺位牌で大きなものは札板の巾を測ります。</p>
<p>なお、数え方は「～柱」です。</p>
<p>産地<br />
会津若松（会津位牌）、京都（京位牌）、名古屋（名古屋位牌）、和歌山（高野位牌）が主な産地であり、高級品が中心です。</p>
<p>安価品は中国、ベトナム産などです。</p>
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		<title>棺</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Jun 2009 02:54:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[棺（かん、ひつぎ（柩））とは、葬儀の後に遺体を納めて葬るための容器の事を言います。
木製の場合は木棺（もっかん）、石造の場合は石棺（せっかん）と言われます。
日本
今日の日本では火葬がほとんどであるため、それに適した棺が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>棺（かん、ひつぎ（柩））とは、葬儀の後に遺体を納めて葬るための容器の事を言います。</p>
<p>木製の場合は木棺（もっかん）、石造の場合は石棺（せっかん）と言われます。</p>
<p>日本<br />
今日の日本では火葬がほとんどであるため、それに適した棺が使用されています。</p>
<p>大きく分けて天然木棺と、合板製のフラッシュ棺に分けられます。</p>
<p>天然木棺は、主材が檜（ヒノキ）、樅（モミ）、桐（キリ）などの無垢材が用いられており、高級品です。</p>
<p>一方フラッシュ棺は、薄いラワン合板の間に芯材を入れて貼り合わせ、表面に天然木（桐が主流）を薄くスライスしたものを貼った突板貼り合板棺、木目を紙に印刷したプリント合板棺、布を貼った布張り棺があり、比較的安価です。</p>
<p>最近は熱帯雨林の保護や地球温暖化、そして地球資源の有効活用から、環境に配慮した特殊段ボール製のエコ棺も出始めています。</p>
<p>また、形状はそれぞれ箱型、カマボコ型、山型、舟型などがあり、外観には彫刻を施した総彫刻、五面彫刻、三面彫刻、二面彫刻などの彫刻棺もあります。</p>
<p>サイズは火葬場により入れられる寸法が異なり、一般的に関東は大きめの棺が使われています。</p>
<p>蓋には遺体の顔を見られるように、専用の蓋で開く小窓がついている事が多いです。</p>
<p>内装のほとんどは白が主流で、素材としてはポリエステルが用いられていますが、価格により高価な素材が使われ、レース等の装飾が施されています。</p>
<p>棺の価格は安いものでも数万円は珍しくなく、高いものでは数十万～100万円以上するものもあります。</p>
<p>遺体と共に愛用品やお気に入りだった衣服・書籍などを副葬品として納め、そのまま火葬する事もありますが、最近は環境問題から、火葬場側ではそれを自粛するように呼びかけられています（特にプラスチック類など）。</p>
<p>しかし、現状では社交的・風習的な事情からも、規制が難しい側面があります。</p>
<p>日本の棺の歴史<br />
弥生時代には、甕棺や憤丘墓に棺が使われていました。</p>
<p>弥生憤丘墓の棺は短く、内法で2メートル程度の組み合わせ箱形木管が主流だったようです。</p>
<p>中には底がカーブしており、割竹形木棺のような棺もあり、組み合わせ石棺も北九州などにあります。</p>
<p>古墳時代には、木棺や石棺が使われました。</p>
<p>その形は様々で、木棺では刳り抜き式の割り竹形、組合せ式箱形、長持ち形などがあり、石棺には割り竹形、長持ち形などがあります。</p>
<p>古墳時代に盛行した割竹形木棺（わりたけがたもっかん）は、直径1メートル前後のかなり太い丸木を縦に割り、内部を刳り抜いて大人一人の遺骸を収納できるようにした棺です。</p>
<p>この名の由来は、竹を縦にわってつくったように見えることから来ています。</p>
<p>舟形木棺も同じような造り方で、棺の長さは平均でも5メートル前後、長いものは8メートルにも及び、一人の遺骸を納めるには長すぎる大きさです。</p>
<p>副葬品を入れるためとも思われていますが、そればかりではないという意見もあります。</p>
<p>しかし、三分割して頭部上と足部下に各種品を納めている例もあります。</p>
<p>材質はコウヤマキが圧倒的に多いです。</p>
<p>鎌倉時代からは樽型の棺（座棺）が主流でしたが、この棺はまだ火葬が主流になる前、土葬をする際に多く用いられていました。</p>
<p>火葬も可能でしたが、この棺に対応する火葬場、土葬の減少もあり、現代は主に寝棺が使われています。</p>
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		<title>祖霊舎</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Jun 2009 02:37:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[祖霊舎（それい しゃ・みたま や）とは、神道において祖先の霊を祭るための神棚の事を言います。
屋内神殿のひとつで、霊舎・霊屋・霊棚(たまだな)・霊床(たまとこ)・神道壇（しんとだん）などとも言います。
神社本庁では霊舎と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>祖霊舎（それい しゃ・みたま や）とは、神道において祖先の霊を祭るための神棚の事を言います。</p>
<p>屋内神殿のひとつで、霊舎・霊屋・霊棚(たまだな)・霊床(たまとこ)・神道壇（しんとだん）などとも言います。</p>
<p>神社本庁では霊舎としていて、神社の中にある祖先の霊を祀る施設は、祖霊社と表記して区別しています。</p>
<p>神道による祖先祭祀（葬儀・供養）において、仏壇に代わる物として登場しました。</p>
<p>神棚よりも低い位置に祀るものだとされていて、設置の向きや日々のお供えや拝礼の作法は、神棚と同じように行ない、順番は神棚の後にする事になっています。</p>
<p>仏教における仏壇に当たるものだが、本来仏壇とは仏像を祭るためのものであるのに対して、祖霊舎は祖先の霊を家の守護神として祭る点に大きな違いがあります。</p>
<p>神璽を中心に祀っていきます。</p>
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		<title>奥都城</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Jun 2009 02:32:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[奥都城（おくつき）とは、上代の墓の事です。
またそこから神道式の墓の事も指します。
神道式の墓石に刻まれる文字でもあり、奥津城、奥城とも書きます。
「都・津（つ）」は、上代の格助詞「つ」に当てた万葉仮名で、「～の」の意味 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>奥都城（おくつき）とは、上代の墓の事です。</p>
<p>またそこから神道式の墓の事も指します。</p>
<p>神道式の墓石に刻まれる文字でもあり、奥津城、奥城とも書きます。</p>
<p>「都・津（つ）」は、上代の格助詞「つ」に当てた万葉仮名で、「～の」の意味になります。</p>
<p>「都」は、神官・氏子などを勤めた人の墓に使われる漢字で、「津」は一般信徒の墓に使われています。</p>
<p>ただし、先祖に神官、氏子の役に従事した人がいる場合には「都」が使われることがあります。</p>
<p>またこれとは別に、地域により、どちらかの文字が広く用いられることもあります。</p>
<p>「奥（おく）」とは、奥深い意の「奥」や「置く」を意味すると言われています。</p>
<p>「城（き）」は、古代の「胆沢城」の「城」の用例にみるように棚・壁などで四辺を取り囲んだ一郭の場所を言い、また「柩（ひつぎ）」の意味もあるとされています。</p>
<p>全体の意味としては、「奥深い所にあって外部から遮られた境域」ということであり、また「柩を置く場所」の意味となります。</p>
<p>神道墓<br />
基本的な構成は、仏式と同じですが、神道では葬儀の際、焼香を行わないので、香炉は必要ありません。</p>
<p>また玉串を奉げる為の八足台が必要となります。</p>
<p>墓石の形は、細長い角柱型で、頂上部は四角錐になっています。</p>
<p>この形は三種の神器の一つ天叢雲剣を表していると言われています。</p>
<p>墓石には「○○家之奥都城」と刻みます。</p>
<p>墓石がない場合は墓標に「○○大人（刀自）命之奥都城」のように書きます。</p>
<p>神道では戒名はなく、姓名の下に、之霊・命・命霊・霊位などを付けていきます。</p>
<p>神社では通常墓地を所有していないので、神式でお墓を建之する場合は、公営や民営の霊園の墓地を購入する必要があります。</p>
<p>なお、日本軍人の墓は神道墓で建てられていることが多い。</p>
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		<title>卒塔婆</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Jun 2009 04:20:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[その他]]></category>

		<category><![CDATA[アショーカ王]]></category>

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		<description><![CDATA[卒塔婆（そとば）とは、サンスクリット語の「ストゥーパ（stupa）」からの音写した単語で、インド発祥の塔の事を言います。
インド、パキスタン、ネパールなどの南アジア、東南アジアで普及しています。
インドに現存する卒塔婆と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>卒塔婆（そとば）とは、サンスクリット語の「ストゥーパ（stupa）」からの音写した単語で、インド発祥の塔の事を言います。</p>
<p>インド、パキスタン、ネパールなどの南アジア、東南アジアで普及しています。</p>
<p>インドに現存する卒塔婆としては、3世紀にアショーカ王によって建立されたサンチの塔が有名です。</p>
<p>起源<br />
インドの卒塔婆は、もともと仏教の開祖である釈迦が荼毘に付された際、残った仏舎利の塚の事を指していました。</p>
<p>最初は釈迦を祀って、釈迦の誕生した涅槃の地に塔を建てています。</p>
<p>その後、仏教が各地へ広まると、仏教の盛んな地域にも卒塔婆が建てられ仏舎利を祀るようになりました。</p>
<p>その後、卒塔婆は高僧が円寂した後、その遺骨を納める建物に変化したようです。</p>
<p>中国への伝来<br />
漢の時代に中国へ伝わったとき、中国本土の建築様式と結合し中国の仏塔となりました。</p>
<p>中国の仏塔の頂にある相輪は卒塔婆をかたどったものです。</p>
<p>元朝になると、仏教が再び盛んになり、卒塔婆は再び中国に広まっていきました。</p>
<p>この塔は覆鉢式塔（仏舎利塔）と呼ばれています。</p>
<p>日本への伝来<br />
卒塔婆は略して「塔婆（とうば）」ともいい、日本では仏塔のことを言います。</p>
<p>現在では、葬式後の追善供養のために経文などを書き、墓の脇に立てる塔の形をした木片のことを指すことが多いです。</p>
<p>仏塔を簡略化し、五輪塔と同じく五大を表したものです。</p>
<p>転じて、路線番号や道路の通称名を表す案内標識のことを指すこともあるそうです。</p>
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		<title>殯</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Jun 2009 02:49:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[儀式]]></category>

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		<category><![CDATA[通夜]]></category>

		<category><![CDATA[隋書]]></category>

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		<description><![CDATA[殯（もがり）とは、日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでのかなり長い期間、棺に遺体を仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認する [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>殯（もがり）とは、日本の古代に行なわれていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでのかなり長い期間、棺に遺体を仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認することにより、死者の最終的な「死」を確認する事です。</p>
<p>その棺を安置する場所をも指すことがあります。</p>
<p>殯の期間に遺体を安置した建物を「殯宮」（「もがりのみや」、『万葉集』では「あらきのみや」）と言います。</p>
<p>日本の古文書にみる殯<br />
『古事記』、『日本書紀』では殯、『万葉集』では大殯とされ、貴人を殯にした記録や、それを連想させる記録が見られますが、具体的な方法などは記録されていません。</p>
<p>『日本書紀』においては、一書の九でイザナギがイザナミを見た際「伊弉諾尊欲見其妹 乃到殯斂之處」の殯斂や天稚彦（アメノワカヒコ）の殯「便造喪屋而殯之」（一書の一「作喪屋殯哭之」）、巻8の仲哀天皇の崩御後にその遺体を、武内宿禰による海路に穴門を通って、豊浦宮におけるもの「竊收天皇之屍 付武内宿禰 以從海路遷穴門 而殯于豐浦宮 爲无火殯斂无火殯斂 此謂褒那之阿餓利」があり、その後数代後の欽明天皇（欽明天皇32年4月15日（571年5月24日）崩御）32年5月に河内古市に殯し、秋八月に新羅の未叱子失消が殯に哀悼した「五月 殯于河古市 秋八月丙子朔 新羅遣弔使 未叱子失消等 奉哀於殯 是月 未叱子失消等罷 九月 葬于檜隈阪合陵」と記述されています。</p>
<p>なおこの時の殯の期間は1年弱です。</p>
<p>隋書に記録された殯<br />
『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷 倭國」には、死者は棺槨を以って斂（おさ）め、親賓は屍に就いて歌舞し、妻子兄弟は白布を以って服を作ります。</p>
<p>貴人は3年外に殯し、庶人は日を卜してうずみます。</p>
<p>「死者斂以棺槨親賓就屍歌舞妻子兄弟以白布製服 貴人三年殯於外庶人卜日而 及葬置屍船上陸地牽之」とあり、また、『隋書』卷八十一 列傳第四十六 東夷　高麗（後の高麗王朝のことではなく高句麗のこと）には、死者は屋内に於て殯し、3年を経て、吉日を択（えら）んで葬る、父母夫の喪は3年服す「死者殯於屋内 經三年 擇吉日而葬 居父母及夫之喪 服皆三年 兄弟三月 初終哭泣 葬則鼓舞作樂以送之 埋訖 悉取死者生時服玩車馬置於墓側 會葬者爭取而去」とあります。</p>
<p>これらの記録から、倭国・高句麗とも、貴人は3年間殯にしたことが窺えます。</p>
<p>なお、殯の終了後は棺を墳墓に埋葬しました。</p>
<p>長い殯の期間は大規模な墳墓の整備に必要だったとも考えられています。</p>
<p>殯の衰退<br />
殯の儀式は大化の改新以降に出された薄葬令によって、葬儀の簡素化や墳墓の小型化が進められた結果、仏教とともに日本に伝わったと言われる火葬の普及もあり、急速に衰退していきました。</p>
<p>現代の大喪における「殯宮」<br />
殯宮は「もがりのみや」という名で天皇の大喪の礼に、また「ひんきゅう」という名で皇后・皇太后・太皇太后の斂葬の儀までの間、皇居宮殿内に仮設される遺体安置所の名として使用されることになっています。</p>
<p>戦後に於いては昭和天皇や貞明皇后、香淳皇后の崩御の際に設置されています（ただし、太皇太后は現在の皇室典範にも定められているものの、実際には平安時代末期以降、現れていません）。</p>
<p>崩御後13日目に遺体を収めた棺は、御所から宮殿内の殯宮に移御され、崩御後45日目を目処に行われる大喪の礼や斂葬の儀までの間、殯宮拝礼の儀を始めとする諸儀式が行われます。</p>
<p>現代に生きる殯の名残<br />
通夜は殯の風習の名残で、殯の期間が1日だけ、あるいは数日だけに短縮されたものとする説もあります。</p>
<p>沖縄でかつては広く行われ、現代でも一部の離島に残る風葬と洗骨の風習は、殯の一種の形態と考えられています。</p>
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